👉 解離性障害の全体像については「解離性障害とは?症状・原因・治療を精神科医が解説」をご覧ください。
解離性同一性障害(DID: Dissociative Identity Disorder)は、かつて「多重人格障害」と呼ばれていた障害です。映画やドラマで描かれることもありますが、実際のDIDはフィクションのイメージとはかなり異なります。
この記事では、DIDについての誤解を解き、実際の症状と治療の基本方針を解説します。
解離性同一性障害(DID)とは
DIDは、一人の人の中に2つ以上の異なる人格状態(パーソナリティ状態)が存在し、それらが交互に行動を支配する状態です。DSM-5では以下の基準が示されています。
- 2つ以上の明確に異なるパーソナリティ状態が存在する(文化によっては「憑依体験」として記述される)
- 日常的な出来事・重要な個人情報・外傷的出来事の想起において反復的な記憶の空白(健忘)がある
- 症状が社会的・職業的機能に重大な障害を引き起こしている
- 症状が物質(アルコールなど)や他の医学的状態によるものではない
よくある誤解と事実
| 誤解 | 事実 |
|---|---|
| 「人格が勝手に暴れ出す危険な障害」 | DIDの方が他者に暴力をふるうリスクが特別に高いという根拠はありません。むしろ自傷行為や自殺リスクが高いことが課題です |
| 「演技やウソではないか」 | DIDは脳画像研究でも人格状態間での神経活動の違いが確認されています。意図的に作り出せるものではないとされています |
| 「人格は完全に別の人間」 | 各人格状態は「完全に独立した別人」ではなく、一つの心の中の異なる側面や状態と考えるのがより正確です |
| 「治らない」 | 段階的な治療によって、人格状態間の協力が進み、統合や共存が可能になるケースが報告されています |
DIDの原因
DIDは、多くの場合幼少期の重度の外傷体験(虐待・ネグレクトなど)と関連しているとされています。子どもが耐えきれないストレスに対処するために、意識の一部を「切り離す(解離する)」ことが繰り返された結果、異なる人格状態が形成されると考えられています。
治療の3段階モデル
DIDの治療は、国際トラウマ解離学会(ISSTD)のガイドラインに基づく段階的アプローチが推奨されています。
第1段階:安全の確立と安定化
- 安全な治療関係を構築する
- 自傷行為や危険な行動の管理
- 日常生活の安定(睡眠・食事・生活リズム)
- 各人格状態との対話を始める(「内部コミュニケーション」の促進)
第2段階:トラウマ記憶の処理
- 十分に安定した状態になってから、過去のトラウマ体験を安全に振り返る
- 急がない——準備ができていない段階でトラウマに触れると悪化することがある
第3段階:統合と再適応
- 人格状態間の協力・共存を進める
- 場合によっては人格の「統合」(一つにまとまる)が起きることもある
- 社会生活への再適応を支援する
治療に使われることがある薬
DIDの中核症状に対する特効薬はありませんが、併存する症状に対して以下が使われることがあります。
- うつ症状:SSRI(セルトラリン〔ジェイゾロフト〕など)
- 不安・過覚醒:少量の抗不安薬(短期間)
- フラッシュバック・悪夢:プラゾシン〔ミニプレス〕(保険適用外だが使用される場合あり)
- 気分不安定:気分安定薬(バルプロ酸〔デパケン〕など)
日常生活での困りごとと対処法
DIDの方が日常的に経験しやすい困りごとと、それぞれへの対処アイデアを紹介します。
1. 記憶の空白(健忘)
人格状態が交代した時間の記憶がないことがあります。気がついたら知らない場所にいた、作業の途中の記憶がない、といった体験をすることがあります。
対処法:日記や手帳を活用して日常の出来事を記録する。スマートフォンにメモや音声録音を残す。「内部コミュニケーション」を高めてどの人格状態も情報を共有できるようにする。
2. 人格交代の予兆を知る
多くの方は「交代しそうな感覚」(解離感、急に眠くなる感じ、視野が変わる感じなど)を経験します。こうした予兆を把握し、安全な場所に移動する、信頼できる人に連絡するといった対応の準備をしておくことが有効です。
3. 職場・学校での開示の問題
DIDであることを職場や学校に伝えるかどうかは非常に難しい判断です。理解のある環境では開示が助けになる場合もありますが、偏見や誤解を受けるリスクもあります。担当医や支援者と相談のうえ、慎重に検討することをお勧めします。
4. フラッシュバックへの対処
過去のトラウマが突然甦る「フラッシュバック」が起きた際は、グラウンディングテクニックが役立つとされています。
- 5-4-3-2-1法:見えるもの5つ、触れられるもの4つ、聞こえるもの3つ、匂い2つ、味1つを確認する
- 冷たいものに触れる(氷、冷たい水で手を洗うなど)
- 足裏を地面につけてゆっくり深呼吸する
周囲の人への説明と理解を求める方法
DIDについて理解してもらうことは容易ではありませんが、信頼できる人に正確な情報を伝えることが関係維持に役立つことがあります。
伝えるときのポイント
- 「映画のような多重人格ではない」ことを最初に伝える
- 「記憶が空白になることがある」「気分や反応が変わることがある」という具体的な現象を説明する
- 「危険ではない」「治療を受けている」ということを伝える
- 困ったときに何をしてほしいか(静かにそばにいる、落ち着くまで待つ、など)を具体的に伝える
家族向けの書籍・リソース
DIDについての家族向けの情報源として、国際トラウマ解離学会(ISSTD)が提供する教材や、日本では精神科の家族外来・家族相談窓口が活用できます。一人で抱え込まず、支援者と共に歩んでください。
治療機関の探し方
DIDは専門性が高く、すべての精神科・心療内科で診療できるわけではありません。以下の方法で、より専門的な治療が受けられる機関を探すことをお勧めします。
- 精神科・心療内科の初診:まずかかりつけの精神科を受診し、「解離性障害・複雑性トラウマの治療経験がある医師に紹介してほしい」と相談する
- 大学病院・総合病院の精神科:複雑なトラウマ症例を扱う経験豊富なチームがいることが多い
- トラウマ治療専門クリニック:近年、トラウマ・解離に特化した外来も増えています
- 公認心理師・臨床心理士によるカウンセリング:医療機関と連携しながら心理療法を提供するカウンセリングルームも利用できる
よくある質問(Q&A)
Q1. 統合するのが治療の目標ですか?
必ずしもそうではありません。ISSTD(国際トラウマ解離学会)の現在のガイドラインでは、「統合を強制しない」「人格状態間の協力・共存(協働的アイデンティティ)」を目標とする場合も多くなっています。統合が自然に起きることもありますが、強制的に統合しようとすると症状が悪化することもあります。
Q2. 人格状態の名前を知ることは治療に有効ですか?
各人格状態がどのような役割を担っているか(守護者・子ども・批判者など)を把握することは、内部コミュニケーションを促進する上で役立つとされています。ただし、「人格に名前をつける」こと自体が症状を強化するリスクもあるため、担当の治療者と話し合いながら進めることが重要です。
Q3. 治療にどのくらいの期間がかかりますか?
DIDの治療は一般に長期にわたります。数年から10年以上かかる場合もありますが、治療初期から日常生活の質が改善していく方も多くいます。「完全な回復」より「生活機能の回復」「安全の確保」を段階的な目標とすることが現実的です。焦らず、担当医と長期的に関わることが重要です。
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まとめ
- DIDはフィクションのイメージとは異なる実在の障害。幼少期のトラウマが関連していることが多い
- 治療は「安定化→トラウマ処理→統合」の3段階で進める
- 特効薬はないが、併存症状に薬物療法が使われる
- 回復には時間がかかるが、専門的な治療で改善が期待できる
著者:精神保健指定医・長友恭平(よつば加納クリニック院長)
参考文献
- International Society for the Study of Trauma and Dissociation (ISSTD). “Guidelines for Treating Dissociative Identity Disorder in Adults, 3rd Revision.” J Trauma Dissociation. 2011;12(2):115-187.
- 日本精神神経学会「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院、2014年)
- 柴山雅俊. 「解離性障害——「うしろに誰かいる」の精神病理」 ちくま新書, 2007.
- Brand BL, et al. “A longitudinal naturalistic study of patients with dissociative disorders treated by community clinicians.” Psychol Trauma. 2013;5(4):301-308.
🩺 院長コメント(長友 恭平)
DIDはメディアで誇張されて描かれることが多く、「演じているのでは」と疑われやすい疾患です。しかし強いトラウマへの防衛として生じる実際の苦しさは、本人にしかわからないものがあります。まずその苦しさを受け取ることから始めています。
ちなみに、決定すること・考えること自体もコストです。毎日の食事選びをラクにしたい方は時短×健康ブログもどうぞ。
